・平等
・認識
・社会
・戦争
プラトン、デカルト、カント、そしてヘーゲル、連綿と続いてきた哲学の歩みを、ニーチェは舌鋒鋭く辛辣に批評する。その立場は、徹底的な真理への疑いと非真理の肯定である。曰く、「論理的な虚構を承認することなしには、無条件的なもの・自己自らに等しいものという純然たる仮構の世界に照らして現実を測ることなしには、また数によって世界を絶えず為造することなしには、人間は生きることができないであろう」(1)真理の否定という立場は、後の哲学であるプラグマティズムやラカンと親和性がある。
具体的に、ニーチェはそれまでの哲学者を「「真理」の名で洗礼を施す自分たちの先入見の狡猾な代弁人」(2)であると批判(というか最早誹謗中傷)し、また、「ともかくも、あの「われは思う」は、私が私の現下の状態を、私が私において知る他の状態と比較して確定する、ということを前提にしているのである。このように現下の状態は他の時・所の「知識」と遡って関係づけられるから、それは私にとってとにかく直接的な確実性をもたない。」(3)と述べている。
これらは、プラグマティズムにおけるデューイの、真理について、探求の元になる記号が、特定の言語や文化を前提としたものである以上、真に普遍ではないとして、保証つきの言明可能性に過ぎないとした主張(4)に繋がる。或いはその先に、ラカンの、人間が何かを思考する時、その何かを考える材料は全て前提となる言語、知識、他者の考えの元に成り立っており、思考する限りは、「他者=言語世界」を通してでしか自らは存在し得ないという理論(5)(6)の萌芽の香りがそこにはある。
ニーチェはこの真理、そしてそれに先立つ認識の直接的な確実性を否定することにおいて、その御大であるカントを辛辣にこき下ろしている。
「「いかにして<先天的>綜合判断は可能であるか」というカントの問いを、「何故にかような判断に対する信仰が必要であるか」という他の問いによって補充すべき時である。」(7)
その一方、デカルト的「主体」を否定し、「われ」は「思う」ことそれ自体によって作られる一つの綜合であることについて、カントが主張したと解釈しており(8)、この点については肯定的である。つまり、デカルト→カント「主体の否定」、カント→ニーチェ「真理・認識の否定」と言えるだろう。
さて、その一方ニーチェは人間の根本衝動、道徳とか認識への衝動などとは全く別個のより本質的なもの、これこそ(承認欲求とかそんなようなもの)が人間に哲学欲を燃え上がらせると述べている(9)。力への意志の登場である。力への意志とは生そのもの、生きる上での根源的エネルギーであり、これはある意味では他者への侵害、搾取、抑圧をも意味している(10)。なかなか過激にも映るが、ヘーゲルも「自己意識」について、「他の否定」を通して自己の絶対的な「個別性」を確保しようする独自の欲望(11)であると述べている。つまり、他者の否定、このキーワードにおいてニーチェとヘーゲルは立場を同一にしており、ニーチェが特別に過激というわけでもないのである。ニーチェとヘーゲルの親和性については、以下のニーチェの興味深い発言にも現れている。
「個々の哲学的概念は何ら任意なもの、それだけで生育したものではなく、むしろ互いに関係し類縁を持ち合って伸長するものであり、それらはどんなに唐突に、勝手次第に思性の歴史のうちに出現するように見えても、やはり或る大陸の動物のすべての成員が一つの系統に属するように、一つの体系に属している。」(12)
ヘーゲル哲学の精神の発展が直線的なものであるのに対して、ニーチェの体系は円であるということの差異こそあれど、個々の哲学(精神)に関連性を見出したという点で、ニーチェはヘーゲルのアップデートを試みたということが言えるだろう。
ニーチェの力への意志はその本質からして、「道徳(民主主義、平等)そしてその究極系とも言える「大衆」の否定へ繋がる。
「われわれにとっては、民主主義の運動は単に政治的機構の一つの頽廃形式と見られるだけでなく、むしろ人間の頽廃形式、すなわち、人間の矮小化の形式と見られ、人間の凡庸化と価値低落と見なされる。」(13)
「万人向きの書物は常に悪臭を放つ書物である。民衆が飲み食いするところでは、崇敬するところでさえも、常に息が詰まるものだ。」(14)
大衆批判と言えばオルテガが有名であるが、1929年に書かれた「大衆の反逆」よりも40余年前に既に大衆批判がなされていたというのは興味深い事実である。
ニーチェにおける大衆批判と切っても切り離せないのは、それが「キリスト教」批判に直結するという点である。
「聖職者たちは悩める者に慰めを、抑圧され絶望する者に勇気を、独り立ちできない者に杖と支えを与え、内面的に破滅した者や荒み果てた者を社会から引き離して修道院や精神院に誘き入れた。その上、良心の疾しさなしにあれほど原則的に、すべての病める者と悩める者の保存のために、換言すれば、行為と真実においてヨーロッパ人種の劣悪化に努力するために、彼らは何を為さなければならなかったか。すべての評価を逆立ちさせること、これを彼らはしなければならなかったのだ!」(15)
詰まるところ、「力への意志」は、誇り高き自立心というような物と言い換えることもできよう。或いは現代の文脈では、「意識高い系」と呼ばれる人達の特性を一部備えている可能性がある。そうであるからして、そこにはいわゆる弱肉強食、甘えへの軽蔑といった思想が垣間見られる。ニーチェはキリスト教、そして道徳をそれら軽蔑すべき生き方を助長するものであるとして忌み嫌ったのである。
この思想について、私は一定の理解がある。ギデンズは「自己アイデンティティとモダニティ」(16)において、社会変動の規模とペースの圧倒的な拡大加速を現代社会の特徴であるとして、この加速する社会を「モダニティ」と評した。(17)ことモダニティ社会においては身体性もまた、その変動、進歩における圧倒的な加速の例外ではない。つまり、ルッキズムの台頭である。私は、しばしば批判されがちなこの姿勢について、筋トレにせよ整形にせよ、それは自己研鑽であり、承認のための根本的衝動であり、つまりある種「力への意志」の現れだと感じる。そして、これを否定することは、ニーチェに言わせれば生の否定(10)を意味する。
さて、ニーチェについて語る上で、以下の文脈は切っても切り離せない。
「ヨーロッパ人の全体的印象は、恐らく多様で、饒舌で、意志薄弱で、極度に器用な労働者になって、日々のパンを必要とすると同じく主人を、命令者を必要とするであろう。更に、このようにしてヨーロッパの民主化は最も綿密な意味での奴隷制度に予め誂え向きな型の人間を生み出すことになる。その反面、個々の例外的な場合においては、強い人間は恐らくいまだかつてなかったほど強く、豊かな出来栄えのものになるに違いない。それというのも、彼の教育に先入見がなく、その訓練や技巧や仮面が法外に複雑であるからだ。私はこう言いたい。ヨーロッパの民主化は同時に僭主たちーこの語をあらゆる意味に、最も精神的な意味にも解してーの育成に対する思いがけない準備である、と。」(18)
ニーチェについては、後のドイツにおける多くの思想家と同様に、巨大な負の歴史への関わりが取り沙汰されている。すなわち、ヒトラーである。ナチスドイツの誕生は、このニーチェの警告から1世紀も先の話ではあるのだが、その事実はより、この民主主義が「僭主」への後押しになるという理論の批評性を際立たせる。また、民主主義や政治におけるドイツ思想の特異な批評性、それはナチスドイツという最強の実例を生み出したという点も含めて注目に値する。それは言わずもがな、カールシュミットを含む。
「政治につき語りうるには、闘争の現実的可能性はつねに存在していなければならないが、こうした「内政の優位」の場合、この可能性は、当然の帰結として、もはや組織された国民的統一(国家または帝国)の間の戦争ではなく、内戦に関係してくる。」(19)
これはつまり、政治においては闘争が不可欠要因であり、そして程よい外敵が存しない場合には、容易にその闘争は内部に、つまり、内戦に直結しうるというものである。そして、以下は米国大統領選における現トランプ大統領の発言。
「より大きな問題は国内の人だと思う。米国には非常に悪い人間がいるし、病んだ人々もいる。急進左翼の異常者だ」
「必要なら州兵によって、あるいはもし本当に必要なら軍隊によって、ごく簡単に対処できると思う。彼らならそういった事態になるのを未然に防げる」(20)
ニーチェのある種の支配肯定、人間の質的差異的な思想が歪められ、ナチスドイツに利用されてしまったというのは悲劇的な話であり、決してニーチェがナチスドイツ的な大衆動員を支持するはずもなかったであろうことは明白であると述べた上で、ここにより重要な記述を残す。
「この点について思い違いをしないようにしてもらいたい。ドイツには申し分なく多数のユダヤ人がいるということ、ドイツの胃、ドイツの血はこれだけの(量)のユダヤ人を始末するだけでも困難を感じる(そして、これからもなお長く困難を感じるだろう)ということーイタリア人、フランス人、イギリス人がより強い消化力によって遣り遂げたようにゆかないということ、」
「当座のところ、彼らは却って、多少の厚かましさをもってしてでも、ヨーロッパのうちへ、ヨーロッパによって吸い込まれ、吸い上げられることを望み願っている。彼らは結局はどこかに定着し、許容され、是認されて、「永遠のユダヤ人」という流浪生活に終止符を打ちたいと熱望しているのだ。それで、この動向と渇望(これは恐らくそれ自体すでにユダヤ的本能の軟弱化を示すものであろう)によく注意して、その意を迎えるようにすべきであろう。そのためには恐らく、この国の反ユダヤ主義の絶叫者どもを追放することが有益であり、正当であろう。」(21)
ニーチェはユダヤ人排斥を決して肯定しなかった。むしろ、ユダヤ人との融和を望んでいた。この事実を、前述の負の歴史に対抗するという意味でも強く認識しておく必要がある。そしてその上で、やはり上記の文章からは多くのことを読み取ることができる。一つは、ドイツはイタリア、そして英仏に比べてユダヤ人の比率が質量共に過大であったと読みとれるということ、また、そもそもユダヤ人に関する諸問題は極めて歴史的であったということ、そして、「ドイツの血はこれだけの(量)のユダヤ人を始末する」という記述に対してはありとあらゆる複雑な感情、ホロコーストの恐怖と犠牲となったユダヤ人たちへの哀悼、ニーチェへの少しの落胆とその批評性への羨望、また、「言葉」そのもののもつ何か時を超えて予言を行なってしまうことへの恐怖と畏れ、を抱かざるを得ない。
極めて重々しいテーマであったが、最後に我々「人文主義者」がニーチェから何を学ぶべきかについて語りたい。
これまでの断片的な引用からもひしひしと伝わるであろうがニーチェの文章は常にありとあらゆる対象(大衆、キリスト教、カント)に対しての批判から成り立っている。そして、これこそが私が先ほどから何度か使っている「批評」行為の前提条件である。ニーチェは、これからの哲学者は民主主義的世紀の甘ったるい軟弱なそれを乗り越え、孤立性と責任を持って批判(哲学)を行なっていかねばならない(22)と語る。
どうであろうか、この令和時代における私を含む若き人文主義者達は、このニーチェの金言を時代遅れのポリコレに反した老害的妄言として切り捨ててしまって良いのだろうか。「私は読んだ本(音楽)の批判はしません。ただ、取り上げもしません。それは、そういうことです。」この姿勢は、炎上・裁判が常態化したホワイト社会における最適解である。しかし、しかしだ。そこに真の快楽はあるのか?批評性は存立し得るのか?何より、力の意志はどこにあるのだろうか。私は生きた批評・哲学を志す者としてニーチェの生き方を尊敬する。
(1)ニーチェ(1970)「善悪の彼岸」(訳:木場深定)岩波書店p16
(2)同p17
(3)同p36
(4) 伊藤邦武(2016)「プラグマティズム入門」筑摩書房p106
(5)宇波彰(2017)「ラカン的思考」作品社p22
(6)ビチェ=ベンヴェヌート(1994)「ラカンの仕事」青土社p66
(7) ニーチェ(1970)「善悪の彼岸」(訳:木場深定)岩波書店 p29
(8)同p99
(9)同p19
(10)同p306
(11) 竹田青嗣(2010)「超解読!はじめてのヘーゲル「精神現象学」」講談社p51
(12) ニーチェ(1970)「善悪の彼岸」(訳:木場深定)岩波書店p43
(13)同p181
(14)同p64
(15)同p113
(16) アンソニー・ギデンズ(2021)「自己アイデンティティとモダニティ」(訳:秋吉美都、安藤太郎、筒井淳也)筑摩書房
(17) アンソニー・ギデンズ(2021)「自己アイデンティティとモダニティ」(訳:秋吉美都、安藤太郎、筒井淳也)筑摩書房p33
(18)ニーチェ(1970)「善悪の彼岸」(訳:木場深定)岩波書店p266
(19) カール・シュミット(2022)(訳:権左武志)「政治的なものの概念」p129
(20) CNN(2024.10.15)「トランプ氏、「内なる敵」に軍隊使用する考え示唆 米大統領選当日」(URL)(アクセス日:2025.1.13)
(21)ニーチェ(1970)「善悪の彼岸」(訳:木場深定)岩波書店p285
(22)同p207