「ベルクソン思想の現在」を読んで


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直前にプラグマティズムを読んでいた身分からすれば、プラグマティズム的真理の不可能性から言語哲学の重要性をしみじみと認識し、オースティンの「言語と行為」の面倒臭さに悶絶し、20世紀哲学の方向性になんとはなしに絶望感を抱いていたところに、急に現れたベルクソンは、まさにちゃぶ台をひっくり返したかの如き、裏切りと衝撃を私にくれた。

※詳しくはここを見て欲しいが、デカルトに端を発した真理はあるのかないのか、そしてカント的な真理を認識することはできるのかという問題について、プラグマティズムは「真理は認識できない」という基本的立場を取った。大きな理由としては、直感や認識の前提となる知識や物の見方が、特有の言語や文化に依存した主観的な物である、という所であり、そしてそこから自ずと言語の重要性が増したという訳である。

さて、ベルクソンは時間の本質を「力」と捉えた。(1)それは、我々に時に「永遠」を感じさせたり、「イライラ」させたり、「待たせる」一方で、「物足りなさ」「焦り」を感じさせる力である。無論、楽しい時に時間をあっという間に感じるという日常の話題があるが、それを本質と捉える視点はぶっ飛んでいると言わざるを得ない。

関連するものとして「持続」という概念がある。ここで、ベルクソン哲学の特徴を述べると、彼は「概念」を考える時に「イメージ」を重要視する。前述の時間の本質にもイメージが付きまとった。このように複数のイメージから概念を精緻に見積もっていくことが重要だという(2)。さて、「持続」の概念を表すイメージに「リズム」がある。リズム(質)は、反復的な鐘の音(量)からなる(3)。そして、反復するリズムが、反復しながら少しづつ変化していくその状況こそが「持続」である(4)。さらに、直感的に理解できる「鐘の音」(量)を感性と捉えた時に、それらの重なりであるリズム(質)もまた、我々は自然に受け入れているわけだが、これは質であるからして、「語性」であり、つまり、ベルクソンはカント的能動的な語性による認識とは異なる、受動的な認識を提示しているということができる(5)。私はいまだカントを何たるかあまり理解できていないので、ひとまず知識として頭に入れておくにとどめるが、しかし我々が何かを認識する時に、そこに「能動性」があるかというと、あまりピンとこない。だとすると、なんとなくではあるが、ベルクソンの考え方の方がしっくりくる。

我々にさまざまな感じを抱かせる時間の力について述べたが、この時間の感じ方の違いが、生物の進化の中で「発展」してきたというのがベルクソンの見方である(6)。重要なのは、「発展」というのは単純な長さを意味しないということである。では「発展」の具体的な中身が何かというと、それは「記憶」である。どういうことかというと、ある体験A「キルケゴールの死に至る病を読む」が、後の別の体験B「ベルクソン思想の現在を読む」と重なり合い、よって体験Bをきっかけに共通項のある体験Aを思い出し結びつけたり、「フラッシュバック」や「思い出し笑い」が起きるというのが、人間に特有の「記憶」の正体である。つまり、「時間の力の感じ方」が発展するというのは、感じた体験が重層的に重なり合うことを意味している。まあ、クソ難しくてクソ面白いよね。

ベルクソンは物質や植物について、意識がないのではなく、まどろんでいる状態であると捉えた。「物質もまた死んでいるわけではない。それは、惰性的に生きているのです。」(7)これはつまり、意識を取り戻す可能性を示唆している。ここから、あらゆる法則は変化の可能性を残しているというのがベルクソンの哲学である。こう聞くと、自然とデューイを思い浮かぶ。発想のスペシャリスト、ベルクソンとは対極とも言える、論理然としたプラグマティズムの大家デューイ、彼に特徴的なのは冒頭にも述べた、真理の探求の元になる記号が、特定の言語や文化を前提としたものである以上、真に普遍ではないとして、「真理」を保証つきの言明可能性に過ぎないとした点である。(8)しかし、これはつまりデューイは真理の変化の可能性を留保していると捉えることができる。この点で二人は共通している。

ベルクソンはあらゆる物質、生物、法則に可能性を残しつつも、基本的に植物→動物→人間の手が生み出した文明と、生物の進化の歴史は自由を獲得していく方向にあると述べる。これはそれまでの哲学の方向とも合致する。というのは、ヘーゲル哲学においては、人間は元々自由を得たいという欲望を備えており、そのために自己意識の確立(他者からの承認)に奔走すると考えられているからである。(9)

この後も、いまや馴染み深い理論に言及している。「植物と動物の「大分裂」に続いて他におびただしい分岐が生じたわけですが、「そこにはあらゆる種類の後戻りや停止や事故があったことも考慮されなければならぬ」(10)

「後戻り、停止、事故」つまり矢印は一方向へは向かわず、修正されたり、時には回帰しながら長期的に前進する。これは、ギデンズの提唱したモダニティの重要な特徴「再帰性」それそのものである。(11)

モダニティにおける加速は矢印が一方向へ向かう単純な物ではない。社会活動および自然との物質的関係の大半の側面が、新たな情報や知識に照らして継続的に修正を受けながら前進する(9)。例としてファッションを挙げる。ファッションの流行は変化し、過去のそれは明らかにダサい物ではありつつも、時折ある一定のスパンを経てリバイバルすることがある。また、リバイバルといっても、完全な過去に立ち戻るのではなく、過去のエッセンスを掴み取り更新して流行に取り入れながら前進するのである。示唆的なのは、ギデンズはこのモダニティ社会における再帰性を含んだあらゆる「加速」が、ファッションを含んだルッキズム、脱毛、整形など「身体」に対して多大な影響を与えることを「身体が近代的再帰性の一部になってきている」(12)と評している点である。「再帰性」と「身体」の結びつきは、ベルクソンの「生命進化」との共通項と言える。

いうベルクソン哲学には神秘主義が登場する。私は残念ながら現状神秘主義には縁もゆかりもないので、今はまだここに詳しく立ち入ることはできない。しかし、ベルクソンが神秘家が神秘家になる際、神に同一化することに伴って多大な苦痛を味わうと述べている(13)ことに関して一筆述べたい。さて、この苦痛という表現については、他者への同一化に伴う、自己の完全な消失を意味していると捉えることができよう。そもそも我々は、常に他者と比較し、影響を受けながら生きているわけだが、その都度落ち込んだり自己を見失っていてはまともに生きていけないわけで、そこで前述した他者からの承認を得たいという欲望にも繋がるわけであるが、しかしながら、「神」という完璧な象徴の前では、それと比較した時に自らの全てが否定されてしまい、思考から何まで影響を受け、自己を喪失してしまうことを「苦痛」と表現しているということができる。なお、平賀氏は神秘体験の中で苦痛を味わうことについては、多くの神秘心理学者も言及している(13)と述べているので、これ自体はどうやらベルクソン独自の視点ではないらしい。

この「神秘家」なるものについて、字面だけでは到底どんな存在を指すのか明らかにならないが、その実は案外受け入れやすい類かもしれない。というのは、神秘家の役割として挙げられているのは開かれた社会の実現である。この頃、ドイツでナチスの台頭が顕著になっていたことを念頭に置けば、ベルクソンの意図が何となく理解できる。或いは、同時代にあったカール・シュミットが「政治」の本質を人々を友と敵に分ける所にあり、更にこの「敵」たる条件が「他者」であるという認識それだけで満たされると述べたこと(14)も踏まえれば、ベルクソンはシュミット的分断の解消を目指していたと考えることもできよう。

更には、神秘家には模倣者が現れる(15)、神秘家は後世の人々の記憶に残るという点で死なない(16)などの記述から、ベルクソンの言わんとしている「神秘家」像が、現代に共通する理想像であることが理解できる。

最後に、「遺伝」について。これについても、「持続」と似たような視点で考えることができるかもしれない。というのも、進化というのは、基本的には反復されて遺伝されつつも、ゆっくりと変化をしながら持続されゆくものと考えることができるからである。

(1)檜垣立哉ほか(2022)「ベルクソン思想の現在」書肆侃侃房 p49

(2)前掲p52

(3)前掲p59

(4)前掲p61

(5)前掲p65

(6)前掲p103

(7)前掲p139

(8) 伊藤邦武(2016)「プラグマティズム入門」筑摩書房p106

(9) 竹田青嗣(2010)「超解読!はじめてのヘーゲル「精神現象学」」講談社p67

(10) 檜垣立哉ほか(2022)「ベルクソン思想の現在」書肆侃侃房 p151

(11) アンソニー・ギデンズ(2021)「自己アイデンティティとモダニティ」(訳:秋吉美都、安藤太郎、筒井淳也)筑摩書房p40

(12) アンソニー・ギデンズ(2021)「自己アイデンティティとモダニティ」(訳:秋吉美都、安藤太郎、筒井淳也)筑摩書房p174

(13) 檜垣立哉ほか(2022)「ベルクソン思想の現在」書肆侃侃房 p186

(14) カール・シュミット(2022)(訳:権左武志)「政治的なものの概念」p120

(15) 檜垣立哉ほか(2022)「ベルクソン思想の現在」書肆侃侃房 p195

(16)前掲p192

(17)前掲p238

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